天竜川河川環境講演会 2012年10月14日

天竜川のアユの生活を餌の面から考えてみた。餌となる付着藻類はどのような生活をしているのだろうか。そして河川の汚染が、藻類の種類組成や、量、生産速度にどのような影響を及ぼしているのか。天竜川や、その他のダム問題が顕在化している河川における調査結果を基に藻類の生態を考える。

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はじめに―なぜ藻を調べるのか?―

 天竜川のアユ漁の不振の問題は、アユのことだけを考えていては解決できない。アユの生活は、餌となる藻類、アユを喰う捕食者、また一見関係なさそうな共存する生物によっても決まる。水の濁りや汚染、栄養分、また川の瀬・淵の具合や河床の礫の粗さなども関係する。川に限らず、自然の中の環境や天然資源の議論をする場合、全ての生物と環境を構成する要素を視野に入れておくことが必要だ。

 しかし、現実には、その全てを覆う調査計画は予算的にも、時間的にも、また最も重要なことだが、人的にも不可能である。そこで、自然を調べるための二つの方法が採られる。生物の世界は、「食う・食われる」のピラミッドに例えられる。

 一つの方法は、ピラミッドの頂点の生物を調べるやり方である。開発事業の際、ワシ・タカなどの猛禽類が問題になるのは、それらの生物が希で少あるという理由とともに、猛禽の生活を支える生物の世界全体の様相を示す生物として適当であるからだ。一方、ピラミッドの底層の生物を調べ、ピラミッド上部の生物が生きていくための資源量を把握するもう一つの方法も、自然を知るために有効だ。

 この報告は、天竜川のアユの生活を餌の面から考えてみたものだ。餌となる付着藻類、俗に、「カワモ」、「コケ」、「アカ」と呼ばれる生物はどのような生活をしているのだろうか。ダムや河川の汚染が、藻類の種類組成や、量、生産速度をどのように変えていくのだろうか。天竜川や、その他のダム問題が深刻になっている河川での観測例を基に紹介する。

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付着藻類の価値

 アユの餌としての付着藻類の価値は、種類と、量、生産速度によって決まる。珪藻類は、最も良いアユの餌と信じられている。一方、糸状の緑藻類、例えばカワシオグサは、餌資源とはならない。付着藻類の量は、季節や水質、また藻類を喰う者の密度によって決まる。 

 礫に付く藻類の被膜の量だけではなく、消化されない砂や粘土の含量も考慮の必要がありそうだ。生産速度は、量以上に重要である。量が少なくとも、アユに食われた分が短期間に再生できれば、餌不足とはならない。

 ダムは、目に見える濁りや体感できる水温だけではなく、水に溶け込んだ栄養分の濃度も変える。これらは全て小さな藻類の生活を変える。出水による川の攪乱の規模が小さくなることも含めれば、さらに多様な影響が藻類の世界に及ぶことになる。

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今までわかっているダム下流の藻類への影響

 ダム下流の河川、特に、西日本では、珪藻に代わり、糸状の藍藻が優占することが多いことが、経験的に知られている。カワシオグサの繁茂も、ダムにより河床が安定化することと関係があるとの意見もある。しかし、藻類の種類組成の変化とダムの運用の因果関係は、まだ十分に説明されていない。

 量については、ダム由来の濁りが光を遮るために、阻害的な効果が予想される。しかし、礫上の藻類の量の変化に関係する要因は実に多く、量の変化の原因を特定することは難しい。同じ季節、同じ場所に隣り合わせに並んでいる礫の上の藻類量でも、100倍以上違うこともある。

 藻類の生産速度については、測定する技術も確立していない。日本での測定例も少なく、ダムの有無の効果を検討するには至っていない。

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天竜川では何を調べるのか?

 天竜川漁協は、10年以上も、毎日、川の濁りを調査している。ダムによる濁りの長期化が、実証的な観測で示された希な事例である。

 次の段階としては、濁りが、藻類の量や生産速度について、具体的な影響を示すことが必要になる。濁りは、藻類の生産にとって有害であることは概念的には確かであるが、その規模や変動を数値で示すことが、問題の理解に必要であり、改善策に繋がる。

 漁協・ダム管理者・研究者で構成された「天竜川天然資源再生連絡会」の共同研究の目的の一つは、藻類の量と生産速度を明らかにし、それらが、ダムの運用と因果関係をもつかどうかを確かめることにある。日本での川の付着藻類生産の研究例は、湖のそれと比べると格段に少ない。学問の世界で分かったことを天竜川に応用するのではない。研究も、その成果の応用も、手探りの試行錯誤が必要になる。

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 餌が生物の生活を決定することは、当たり前のことで、いまさら調べる必要もなく、直ぐに役に立つ改善策を提案するのが急務だとの意見もある。しかし、付着藻類とアユの成長や味を巡る相互関係は、未だわからない点も多く、誤解もある。例えば、珪藻だけがアユの餌として有用か、つまり珪藻を喰うアユだけが本当に大きくおいしいかなど、私たちの常識を疑う作業も必要になる。正確な理解なしでは、効果的な対策は立てられず、合意も得られない。

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調べた結果をどう生かすのか?

 天竜川の藻類生産を調べることは、アユ漁だけに役立つことではない。川や湖の生物の世界を知るためには、様々な物質がどこでどれだけ生産され、移動し、消費されるかを知る必要がある。流域住民が、天竜川を将来どのような川にするかの議論にも生かされる成果を目指したい。

 調査の成果は「再生連絡会」の内部で議論されることに止まらない。成果は論文などの形で第三者の評価を受けて上で、現場の議論に還元したい。また、新しくホームページを作り、だれでもが利用でき、さらに、調査について意見を述べることのできるようなシステムを作り上げるつもりだ。

 今まで、漁業者、様々な権限を持つ河川や河川施設の管理者、そして研究者の相互関係は親密なものではなかった。しかし、天竜川の現状はそのような懈怠を許すものではない。立場の違いはあれ、少なくとも、天竜川で何が起こっているかを的確に知ることが急務である。観測資料と科学的な論理が、その仲立ちの役を果たすものと信じる。