天竜川再生に関わる河川環境保全と評価技術

濁水対策としての河床洗浄の可能性を精査する実験を行なうと同時に、河床の物理的状況の改善策も実施。生物学的なアユの生態に関するより詳しい分析や科学的なデータの収集、行動解析も積極的に行なっている。再生連絡会の2次元的な横の連携だけではなく、より幅広く関係者との連携を図り、3次元的な情報の広がりを構築する。
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再生連絡会のメンバーは、天竜川漁協様、高橋先生、竹門先生、村上先生の学識経験者、そして事業者である電源開発であり、国交省様、静岡県様にオブザーバーとして参加していただいている。大事な点は “それぞれの立場を超えて”話し合い、協力し合うことである。
これまで、再生連絡会として、(1)アユの遡上数や産卵床等のアユに関する調査、(2)水質、付着藻類、河川の柔らかさ等の河川環境調査、(3)河床洗浄、産卵床造成等の、保全技術の検討、そして(4)情報発信をおこなってきたが、今回は保全技術の検討を中心に語る。

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佐久間ダムは60年前の昭和31年に完成した発電専用ダムであり、年間15億キロワットという浜松市の消費電力の1/3にあたる電気を作り、浜名湖の2/3になる2億㎥の貯水量を持つ。貯水の変換率は年間25回で、毎月2回入れ替わっている計算になる。

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平成25年の佐久間貯水池の濁度(上)と水温分布(下)の年変化。4月〜5月に河川流入水が増えて来ると徐々に流入水温が上がり、6月~7月になってくると、太陽熱によって表層の部分が暖められ、8月~9月に最も表層水温が高くなる。
この表層が高く底層が低い水温の状態を水温成層という。水温は一様になるとともに、微細な土砂を含むことから密度が大きくなり、底層部の濁土が上昇する。
この年の二つの台風がもたらした洪水では同時に濁水が流入した表層部分に水温躍層(水深方向=垂直方向での温度分布の変化)が確認できる。

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上図の水温踊層の出現と濁度の変化は、平成25年のはじめにダムの上流、約500m付近に設置した「濁水防止幕」の効果である。この防止幕はポリエステル製で、幅360m/高さ10m。

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平成25年に起きた3回の洪水後の貯水池における濁度状況。台風18号による洪水は3400㎥/sで、ほぼ貯水池1杯分の濁水が流入したが貯水池全体は濁らず、防止幕上流に清水塊が約5km残った。
濁水は密度が大きく、貯水池の底の冷たい水温帯に流入するが、防止幕があると、濁水は上流5km付近から潜行し始め、その濃度を濃いままに下流に流れていく効果がある。また、流入量が18号の約20%だった26号では洪水が小さく、上流部が少し濁った程度で、約50%の27号では防止幕が機能し、清水塊が残っている。

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2011年から2017年の洪水を分析した結果、発電とダム放流による濁水の排出量を図に示す。青▲が防止幕の設置前、赤●が設置後で、設置後の方が多くの濁水が下流に排出されている事が分かった。
貯水池に置ける濁水対策の基本は、上流から来る濁水を可及的速やかに流すし、貯水池内に停滞させない事である。その手段として濁水防止幕の接地は、一定の効果があった事は明らかである。

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村上先生のお話にもあったように、洪水で流下してきた濁水はその成分の一部が、河床砂礫の表面に細かいシルトとして付着してしまう。そこで、消防ポンプの水流を用いて砂礫の表面を掃除する試みを天竜川漁協が行なっている。
この方法をより効率的にするための検討として、人工水路を使った試験を行なった。石の大きさを縮尺1/5、濁質はカオリンで模擬し、それを付着させた砂礫で実験をした。実験は電源開発の茅ヶ崎研究所で行なった。

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ノズルの放水角度は、30度、45度、90度の3段階で、最も洗浄効率が良いのは90°だった(当然ながらノズルが2条、3条の方が効果は大きい)。また、大きな石だけではなく、洗浄効果には細砂の影響が大きく、細砂量の増加にともない洗浄効果は上がった。
しかしながら、効率のよい90度は、水流の反力が大きく、人力でこれを垂直に支えながら洗浄作業を行なう事は難しく、現実として45°付近での保持となるので、何らかのしくみを考える必要があると思われる。

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‘17年の2月には、天竜川で測定実験を行い、実際の洗浄効果を確認した。横山橋の上流の河岸に長さ80m×幅10mの試験区間を設け、洗浄する/しないの比較を付着藻類の増減で評価してみた(測定は「多波長、励起、蛍光光度計」、ベントトーチによる)。

【ベントトーチ】
ある波長の光を測定する試料に当て、試料が吸収した光(吸光度)を分析する器機。あらかじめ藻類の光の吸収特性を調べておけば、藻類の量に吸収される光の量は比例するため、その量を推定できる。

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付着藻類の調査は、洗浄前、洗浄直後、1週間後、2週間後の計4回行なった。青○が対象区の全藻類で、洗浄直後は変化がないものの、原因は分からないが1週間後に激減している。
青●は洗浄区の平均だが、こちらは洗浄直後に量が減少し、そこから徐々に増加。その内訳として、紫◆の珪藻類の割合が多く、赤■の藍藻類の変化も同様だった。
総じて対照区では洗浄前と洗浄後で大きく変わらない状態になっているが、1週間後の激減の原因、あるいは水温の低い2月の実験と言う事もあって、もう少し調査が必要だと思われる。

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上記の洗浄対策だけではなく、漁場の改善も行なっている。今回は秋葉ダム下流にある西川の合流点付近を選んで、「近自然河川研究所」の有川先生のご協力の下、ダイナミックな瀬を造成した。
この地点は、ダムの影響、また合流点と言う事で土砂移動の減少、河床低下、粗粒化、瀬の消失等、漁場としての劣化がみられていたため、環境を改善する近自然工法に基づき、ダム堆砂対策で発生する巨石や大粒径の礫を中心に、間隙には砂利・玉石で造成した。対策後はアユの食み跡が増えたり、小砂利の移動にともなって、ステップ・プール(礫段)、早瀬のリブ(礫列)の形成がみられた。

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竹門先生の話にもある河床環境の改善という点で、天竜川漁協さんが中心になって、河川にある自然の砂洲を利用した産卵床造成を、’17年の秋に予定しています。造成予定地は、河口から約7kmの地点で、付近の調査を実施した後に、作業を開始する予定。

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再生連絡会の中ではアユの生態に関する情報等が、学識経験者の御三方からたくさん報告されている。その情報を基にデータベースを作成し、河川の生態環境を分かりやすく評価する方法に取り組んでいる。
これは、ある日の河川流量を基に、秋葉ダムから下流河口までの48km区間の評価を行うもので、この区間の状態を確認できるようにデータ化を進めているが、評価区間の長さが48kmあるので、名称を「AYU48」とした。

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「AYU48」の内容は、現状の把握、判定・評価、そして改善という3つのステップとする。高度な水理計算や河床変動解析をもとに予測するIFIM(Instream Flow Incremental Methodology)といった、従来からの方法もあるが、より簡素化した方法を模索した結果である。
今後は、データの更新/経過/効果などを織り込んで行くと同時に、これら仕組みの精査ととともに、それぞれのステップで改良と改善を行っていく予定。

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遺伝子発現の解析評価について紹介する。アユには肝臓、鰓といった「器官」や「組織」があり、それらは「細胞」から構成されている。その細胞はタンパク質からできている。細胞の中には「核」があり、その中にゲノムDNA(遺伝子gene)がある。 DNAは様々なタンパク質をつくるための設計図であるmRNAを作る。この活動を遺伝子発現(転写)と言い、リボソームとよばれる細胞器官が、mRNAの設計図どおりにタンパク質を生成する。
ポイントは、細胞やDNAが何かしらの刺激を受けると、このタンパク質の生成活動が、活発になったり抑制されたりする事で、違う形のタンパク質が生成される場合もあるので、どんなmRNAが作られたかを捉える事で、環境によるアユへの影響を調べることが可能となる。

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その解析方法は、分析したいアユから全RNAを抽出し、そこからmRNAを精製・抽出する。次にPCRポリメラーゼ連鎖反応(複製)でライブラリを作成、さらに解析しやすいようにテンプレートを作成する。それから、DNAの断片の塩基配列を解読し、最後にデータベースに照らし合わせるものである。

少し前までは、mRNAを捉える方法に、あらかじめDNAの断片を基盤の上に載せてmRNAをキャッチするDNAマイクロアレイを用いていたが、現在では数百万から数千万の数のDNA断片の塩基配列を同時並行的に解読できる新たな装置(次世代シーケンサー)が登場した。この方法による、河川と飼育水槽のアユについて比較した結果を次に紹介する。

※DNA はデオキシリボース(五炭糖)とリン酸、塩基 から構成される核酸である。塩基はアデニン、グアニン、シトシン、チミンの四種類あり、それぞれ A, G, C, Tと略して表記される。

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河川にいた天然アユと飼育水槽(地下水)のアユの比較によれば、発現変動を示す遺伝子は19種類を検出した。しかし、そのほとんどが恒常性維持のための一過性の発現変動であり、とくに問題はなかった。
特徴的なのは、この19種類の中にバクテリア感染を防ぐ働きがある抗菌ペプチドであるCathelicidin(カテリシジン)が確認された事である。すなわち、河川のアユは、河川の中で様々なバクテリアに反応して発現増加しているが、逆にきれいな飼育水の中にはバクテリアがほとんど存在しないため、病気になりにくい環境という事になる。

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平成23年に起きたの洪水にともなって、現在、船明ダムの下流洗掘対策として秋からの工事を準備中だが、今年度が3ヵ年計画の最終年になる。茅ヶ崎研究所では、河床対策のためのブロックの安定性の確認のための水理模型を製作し実験を行なっている。
船明ダムの右岸には、アユが遡上するための魚道が設けられており、アユがきちんとここへ向かってくれる事が理想であり、我々の願いでもある。ダム下流の水流などのアユへの影響の検討をしたいのだが、この模型に合わせて魚を小さくする事は不可能であるので、次に紹介するような解析方法を考えた。

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アユの行動解析を行なうにあたり、稚魚の群れ行動を再現するモデルを作成した。アユの泳ぐ速度、視覚範囲などの特性は、試験室で実物のアユを使って測定している。ここでのアユの動きに着目すると、流れに対抗しながら泳ぎ、障害物は回避し、危険を感じるともの凄い速さで動き、。他の集団へ向けて集まろうとしたりする。
このアユが泳ぐ方向や速度はそれぞれのベクトルの合成になり、それぞれの粒子(アユ)と、すべての他のアユとの関係性で形作られている。これが、「複雑系」とか「人工生命モデル」と言われるもので、AIではなくAlifeと呼ばれている。

【人工生命(じんこうせいめい)】
コンピュータ上のモデルを使って、生命プロセスと進化を研究する分野。1986年にアメリカの理論的生物学者、ラングトンによって命名された。

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アユの行動解析データによる魚群を、船明ダム下流の水流解析場に入れ、どのくらいの割合で、どのように魚道に向ってくれるかという解析計算を行なった。大部分のアユが魚道に向って来ると予想していたのだが、解析結果では発電時にダム下に生じる旋回流に巻き込まれて停滞する群れが出て来たのである。
このような解析結果を参考に、今後の対応策等を考えて行くつもりだが、あくまでも解析であり、感覚的かつ経験的な予測である事を断っておく。

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再生連絡会の現在は、天竜川漁協さん、学識経験者、電源開発を核にして、国交省さんと静岡県さんがオブザーバーで参加しているが、これに加えて地域の関係者の参画が欠かせないと感じている。
天竜川の環境について、地域の関係者と一緒に考えてこそ、再生連絡会活動が持続できると考え、今後の方向性としては、この部分をより強化するために工夫していく。環境だけでなく、関連情報を取り込み2次元から3次元へと立体的な取り組みを目指したい。
また、情報発信も大事な活動のひとつであるので、連絡会の活動情報等をホームページによって発信し続けている。