▲重機のアームの先に立ち、インカムを用いてオペレータとコミュニケーションを取りながら細かく配置の指示を出す有川氏。背景は秋葉ダム。ここは西川との合流点でもあり、シーズンには多くのアユ釣り客が訪れるエリアだ。
かつて、アユの生息に適した良好な早瀬を形成していた秋葉ダム直下、西川との合流点付近。ここの川底は、長年の台風や大雨などの増水による急激な流れによって徐々にえぐられ、すっかり変貌を遂げてしまいました。
そこで2015年から、秋葉ダム下流域の瀬を再生する取り組みが始まりました。2016年に近自然河川研究所の有川崇先生が参加され、3年計画で「堆砂処理で発生した巨石*を利用して早瀬を再生する」実験が本格的にスタート。2017年3月、2018年3月にえぐられた瀬の中上流部の河床を盛土すると同時に巨石を並べて瀬の基礎となる骨格部分を作りました。そして、再生事業の最終年となった2019年1月、この実験は天竜川天然資源再生推進委員会の事業として継続され、残された下流部の造成を行なうことになりました。ここにその全貌をレポートします。
*毎年、ダムには上流から流れてくる土砂が堆積します。その中には洪水時などに谷あいの岩や崖などから落ちてくる巨石も含まれ、秋葉ダムの堆砂処理により土砂に混ざって定期的に引き揚げられています。ここではその巨石を使います。
▲ドローンで撮影した今回の実験前の上空からの写真。{2018年10月31日/有川崇氏撮影]
▲4年前に投入された河床の巨石を集める
▲重機が集めた巨石を建設用クローラダンプに積込む。
2017年は秋葉ダムの堆砂処理によって発生した巨石を用いて早瀬の造成が行なわれ、2018年はさらにその下流側に早瀬の範囲を広げる造成が行われました。
そしてこの1月。前年までに造成された瀬のさらに下流側に新たに巨石を投入し、一連の早瀬を完成させると同時に、現在、分散している瀬の下流付近の流れを左岸寄りに集める造成工事が行なわれました。
ただ、今年は昨年までと異なり、2015-16年に試験的にさらに50m下流の淵に投下された巨石を用いて作業をすることになりました。そのため、まず実験概要図の左側、オレンジ色で囲まれたエリアの巨石を50m上流左岸側に運ぶ作業からスタートしました。
▲クローラダンプが巨石を上流側に運ぶ。
▲旋回して巨石を降ろすクローラダンプ。
▲この作業を繰り返し、巨石を上流側に積み上げていく。
▲上流部に積み上げられた巨石群。
▲クローラダンプは運転席+荷台部分を旋回させて方向転換する。
今回の、3年計画による大規模な造成実験は、「多様な物理環境を生み出すことで多様な河川生物の生息環境がうまれる」という視点に基づいて行われています。そのため、巨石の配置や川底の凹凸によって「蛇行する水の流れ」や「深みと浅瀬」を生み出し、良好なアユ漁場にもなるように配慮が施されています。
昨年行われた高橋勇夫先生による調査で、多くのアユのハミ跡がこの新しい瀬で確認されたことは、この配慮が少なからず影響していることを証明していると判断できます。
* *
さて、こうして下流の河床に投下されていた巨石が集められ、約2日かけて上流左岸側に積み上げられました。翌日から新たな瀬の造成が始まります。
▲1.クローラダンプに巨石を積み込み設置予定エリアに運び込む
▲2.細かい投下ポイントや方向などの指示を出す有川先生。
前日、左岸側に集められた巨石はクローラダンプに積まれ、数ヶ所に投下されます。そこに待ちかまえていた重機が有川先生の指示した場所に巨石を配置していきます。
巨石を使う最大のメリットはかなり大きな出水があっても簡単に動かないことです。実際、昨年は出水量が平年以上に多かったにもかかわらず、昨年度までに配置された巨石がほとんど流されずに残っていたことがそれを証明しています。また、数km上流の秋葉ダム湖の堆砂処理の際に簡単に入手できるというのも大きなメリットになっています。
▲3.クローラダンプから巨石が落とされる瞬間。作業は着々と進められた。
▲有川先生の頭の中に入っているロードマップに則って巨石が細かく配置されていく。より具体的な位置や置き方などは臨機応変に判断される。
巨石の配置は、ただ、石を置けばいいというものではありません。4000㎥/sクラスの大規模な出水があっても動かされないようにするために、どの大きさの石をどの位置に置くか、その石のどの面で水を受けるか、どの角度が抵抗が少ないか、どの組み合わせが安定するかなど、それぞれの巨石の形状を見て有川先生が瞬時に判断します。順不同に配置される巨石たちが、時間の経過と共にひとつの形を形成していくさまはまるでジグソーパズル。最終的に、手で持てる石は有川先生自ら一つ一つを置き直し——、という作業が土日を除く8日間、真冬の1月下旬の毎朝8時から日の暮れる夕方4時半近くまで行われました。
今年の初夏以降のアユの生息状態が少しでも改善され、釣り人で賑わうことを祈るばかりです。